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自分の作品は千年大丈夫だ

「自分の作品は千年大丈夫だ」

 画家は多くの場合、自己の芸術的欲求を第一にして作品を制作するため、その後の作品に対する保存や保持の意識がそれほど強くなく、早い時期から絵の具の劣化が生じてしまうことがしばしばあります。しかし野十郎の場合は、自らの作品の堅牢さや保存性、作品保持という点に大きな関心を持ち、極めて周到な研究を行っていたことが、近年の作品修復に伴う科学的調査などによって明らかにされています。
 水と火という、絵画の存続にとっての最大の脅威に続けざまに遭った野十郎の《雨 法隆寺塔》(昭和40年頃、個人蔵)という作品があります。一度目は、図柄もわからないほど画面全体にカビが発生した状態になりましたが、表面の絵具層がしっかり固着していたため、カビの除去にも耐えることができ、さらには画布の裏面にまでも油性塗料が塗られていたため、裏側の腐食を避けることができました。とくに裏面の処置まで考慮しておくということは、ほかの画家にはなかなかないことであるため、はなはだ驚かされます。そして二度目は火災に遭い、全体に浅く焼けただけでなく、部分的にかなり激しい焼け方をし、ススに覆われてしまいましたが、やはり絵具層が堅牢であったため、修復作業に耐えることができ、現在の姿に戻っています。
 東京帝国大学農学部に学び、科学者から画家になったという経歴を持つ野十郎は、絵の具を塗ったキャンバスを風雨にさらす実験を行っていたことが知られており、「自分の作品は千年大丈夫だ」と豪語していたというエピソードも伝わっています。残された絵からは、自らの絵を保持して永遠に後世へと伝えたいという強い意気込みのようなものが感じられます。