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傷を負った自画像

Self-Portrait with Wounds

「傷を負った自画像」

大正3-5年頃(c.1914-16)

野十郎の自画像は現在4枚のみ知られており、本作はその最初期のもので、東京帝国大学在学中に描かれたと考えられている。傷を受けた首と脛(すね)からは血が流れ、眉間に深く皺を寄せ、何かを訴えかけるかのように口が力なく開けられている。しかし目はどこかうつろで、痛苦に満ちた表情である。胸元と裾をはだけ、傷口を生々しく描写していることから、傷を負う事件か事故が実際に野十郎に起こったと思われるが、彼の精神を襲った、身を切られるほどに耐えがたい苦しみが一体何であったのかは全くわかっていない。この傷を敢えて絵に残そうとするほどに深刻な心の傷を抱えたことが読み取れる作品でありながらも、念入りな細密描写の冷静さが貫かれていることが不思議でもある。この絵を描いたあと、野十郎は学問の世界からは身を引き、絵描きとして生きていくことを選んだ。

油彩・画布(板に貼付) / 59.5×49.6㎝