古今東西、月夜の風景は数多く描かれてきたが、月だけを描いた画家は野十郎が初めてだろう。野十郎は、「月ではなく、闇を描きたかった。闇を描くために月を描いた。月は闇をのぞくために開けた穴です。」と言い残している。また月とは観音様が現れ出る穴だと説明したともいう。「闇を描く」という矛盾した挑戦は、彼が生涯にわたって追求してきた写実の究極の姿であり、円相(えんそう)だけの絵は、「慈悲」を巡る野十郎の仏教的な思惟の最終形態であった。72歳のときに描かれた本作は、野十郎の思想と画力が到達した総決算の作品といえるだろう。