
Cherries
「さくらんぼ」
昭和31年頃(c.1956)
サクランボは、リンゴやブドウ、柿などと並んで、野十郎が頻繁に描いた果物である。ただし、リンゴやブドウ、柿などは取り合わせて皿などに盛られて構成される場合が多いのに対し、サクランボを主題とした作品は純白の台の上に単独で描かれている。本作は粒の集まりと、点在する粒とが画面にバランスよく配置され、余白も清々しくて心地よく感じられる。みずみずしいサクランボの粒の輝きに目が行きがちだが、房が作るわずかな影の繊細な表現に注目したい。野十郎は、サクランボが作り出す光と影の淡い共演を見せんがために、あえて他の果物を持ち込まず、サクランボだけを純白の上に描いたのではないかと思わせるほどだ。サクランボの産地として知られる山形は、雪景色の取材や羽黒山への参拝など、野十郎がたびたび訪れた場所である。サクランボを描く彼の脳裏には、山形の風景や光が広がっていたのかもしれない。
油彩・板 / 15.7×22.6㎝