近代日本画名品10選

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福岡県立美術館の所蔵作品の中から、福岡県ゆかりの作家による珠玉の日本画をご紹介いたします。

「沈竈・容膝」

冨田溪仙

大正2年(1913)、第7回文展

紙本墨画淡彩・軸装

各211.0×88.8cm

縦長の画面いっぱいに、まるで隙間なく、積み上げるかのように絵が描かれています。「沈竈(ちんそう)」は洪水によって竈が水没する様子、「容膝(ようしつ)」は狭い家に身を置く様子を意味し、双方とも生活に窮することを示します。「沈竈」の家財道具を持って逃げ惑う人々と、「容膝」の唐臼に呆然ともたれかかる人と狭い家で機織りをする人。いずれも困っている様子なのですが、人間味あふれる姿にほほえましくも感じてしまいます。前年の《鵜船》とともに、画壇において溪仙が認められるようになった契機となる作品と言えるでしょう。

冨田溪仙(とみたけいせん・1879-1936)

福岡市に生まれる。本名鎮五郎。少年の頃衣笠守正に狩野派を学ぶ。明治29年(1906) 京都に出奔し翌年四条派の都路華香に入門。日本絵画協会展、後素協会展などで入選を重ねる。大正元年(1912)南画風の筆致による文展初入選作「鵜船」が横山大観に認められ、大正3年再興院展に京都派から初参加、翌年同人のち審査員となる。新南画ともいえる画風を拓いたが、後年は清新な自然観照にもとづく独自の表現に至った。
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