冨田溪仙

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京都画壇で活躍した冨田溪仙(1879-1936)は、福岡県を代表する近代日本画家のひとりです。福岡県立美術館の所蔵する溪仙作品から、代表作を始め、溪仙の個性的かつ詩的な作風を示す作品をご紹介いたします。

「桃林牧牛図」

冨田溪仙

大正6年(1917)

絹本着色・軸装、「十二ヶ月図」のうち三月

171.3×41.6cm

本作の画題は、『詩経』にある、周の武王が殷を滅ぼした後、戦争に利用した馬を崋山に、牛を桃林に逃がし、二度と戦争をしないことを人民に示したという故事に基づいています。また、画面上に書かれた賛は、杜甫の「寒峡」という詩の一部。「兵役の苦しみを免れている自分なので、兵役に比べれば旅の道中の困難くらい、たいしたことはない」という意味です。険しい峡谷の間の桃林と家々、そして力比べをする二頭の牛。他愛のないじゃれ合い、平和な証拠なのでしょう。

冨田溪仙(とみたけいせん・1879-1936)

福岡市に生まれる。本名鎮五郎。少年の頃衣笠守正に狩野派を学ぶ。明治29年(1896)京都に出奔し翌年四条派の都路華香に入門。日本絵画協会展、後素協会展などで入選を重ねる。大正元年(1911)南画風の筆致による文展初入選作「鵜船」が横山大観に認められ、大正3年再興院展に京都派から初参加、翌年同人のち審査員となる。新南画ともいえる画風を拓いたが、後年は清新な自然観照にもとづく独自の表現に至った。
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